『Oh! 水の花道!』

第13話


「悩み? どんな?」

腹下しのような切ない表情で悩みがあると打ち明けられ
イタチは飛段に聞き返した。
さすがにちょっと好奇心がうずく。
同僚とはいえ、いつどう裏切るかわからない間柄。
悩みを聞いて弱みを握っておくことができれば優位に立てるというものだ。
個人情報は重要だ。
サスケと角都にしても考えは同じである。
ふたりは、たいして興味のなさそうな素知らぬ顔をしながらも
飛段の返答に耳をそばだてた。


「どんな悩みですか?」

「えっとだな、それは…えっと…???」

再度イタチに促されて口を開き、そこで飛段は初めて気がついた。
美麗の気をひくために『悩みがある』と言ってみたものの
思い当たるものがなにもないのだ。

「えっと…だなぁ〜 」

視線を宙に泳がせて飛段は考え込んだ。

なにか良い悩みはないだろうか…?
こう女心にぐっとくるような…
美麗に“まぁ、飛段さん可哀そう…私が慰めてさしあげるわ…
私の中でお眠りなさい〜♪” と言わせるような…

しかし脳みその容量の小さい飛段には、悩みのストックなど一つもなかった。

「う〜ん…」

腕を組んで言いよどむ飛段を見て、ママが助け船をだした。

「人間関係がうまくいってないんじゃないの?」

「へ?」

「人間関係。 角さんと同じ組織にいらっしゃるんでしょう?
 以前、角さんから組織の人間が皆、ひとくせもふたくせもあって
 苦労するって聞いたことがあるわ…。
 飛段さんもそういったことで悩んでいるんじゃないの?」

「そ、そー! それぇ! 人間関係!」

飛段はママの出した助け船にこれ幸いとひらりと飛び乗った。

「そーなんだよ、人間関係!
 なにしろ、組織には奇人変人が多くてトラブルが絶えなくってさぁ…」



おまえもそのトラブルメーカーの一人じゃねぇか!
何、ひとりで常識人ぶって悩みを打ち明けはじめてるんだ?!


角都とイタチは心の中で突っ込みをいれた。
しかし、なにか思わぬ力関係によるトラブル話がこれから始まるのかもしれない。
ふたりは突っ込みは心の中だけにして飛段の話の続きを待った。

「奇人変人ってどんな奴…じゃねぇ、方がいらっしゃるの?」

いずれ暁と対峙する時が来るかもしれない…サスケもまたそう考えて
貴重な情報を収集しようと飛段の方へ身を傾けた。

「ん? そうだなぁ…。 まずここにいる守銭奴だろ?
 こいつはホント、ケチ! 
 節約、節電、節水にうるさくってよぉ、 知ってるぅ?
 オレらのアジト、どんなに暗くっても電灯は夜の8時から10時までしか
 つけさせてくれないんだぜ。 
 それでもって、風呂入る時は水詰めたペットボトルと一緒に入らされんの。
 何が嬉しくって、女ならまだしもペットボトル抱いて風呂はいんなきゃならねーの?
 情けなくなるぜ」

「そうそう、それにちり紙は一枚を半分に分けて薄いペラペラのを使えと言うし…」

「あ、よく知ってんね、美麗ちゃん」

思わず日頃の不満を相鎚してしまったイタチに飛段は目を丸くした。

「あ、いえ、私のいた所もそんなことありましたので…」

イタチは慌てて眼をふせてごまかした。

「ふ〜ん…やっぱケチって似ったかよったかなのかな?」

「うるさい! 」

首をひねる飛段に角都の怒声が叩きつけられた。

「大いなる野望のためには今は資金を貯めるのが大切なんだ。
 それにお前らは、オレが目を離すとすぐ無駄遣いするじゃないか!」

角都はダンと机をたたいた。
拍子に猪口が倒れてテーブルが濡れてしまった。

「そうですよ…。 金庫番は大変なんですよね。 
 飛段さんも分かってさしあげて
 で、他にはどんな方がいらっしゃるのかしら?」

ママはすかさずテーブルを拭き、角都をかばった。
そして飛段に話の続きを促す。
このあたりの場の仕切り方はさすがである。
角都はママに宥められて、とりあえず怒りの矛を収め、
飛段はママに促され、角都に反論するのを忘れて
他のメンバーの酷評にとりかかった。


「ほか? 他もひでぇぜ〜。
 まず人形オタク。 こいつが芸術家を気取ってて性質が悪いのなんのって〜
 見た目は子どもなんだが、実は説教好きのおっさんでよぉ、しかもその理屈は
 自分勝手としか言いようがないね。
 芸術家言っても、その趣味は、なんだろね〜 オレから見ればゲテモノだなぁ〜」

イタチと角都はその通りと深く頷いた。

「へぇ…。 自分勝手な『とっちゃん坊や』という訳ですね…で、他には?」

以前卓球大会で(注:『(テーブル)テニスの王子様』を見てねv)、
サソリ、デイダラ、鬼鮫を見かけたことはあるが、
サスケはその時、早々に兄の月読みをくらって気絶していたので、
メンバーの特性はよく知らないのであった。
それゆえ、飛段の話は興味深い。 
サスケはふむふむと頷きながら、懐からノートを取り出し
『自分勝手なとっちゃん坊や』とメモした。


「ほかぁ? あと、もひとり芸術家きどりの奴がいるぜ。
 コイツのセンスもひでぇもんよ。
 最初のころは結構ぶりっこキャラで『オイラ、かわゆいデイダラちゃんだぞ、うん』
 な〜んてやっていたけど、最近はアニメ化の影響で『かっこいい〜』の声がかかって
 リバアカでもどうしたもんかと悩んでいるみてぇだけどな。
 まぁ、基本はアホな中学生男子ってとこか?」

「はぁ…キャラ作りに悩むアホな中学生男子…と」

飛段の訳の分らない、作者の裏事情のような説明もサスケはふむふむと
メモした。 

「それから魚人もいるぞ! コイツはなかなか役に立つかな、
 料理ジョーズの鮫だから。
 ゲハハハハ!
 …あれ? 聞こえなかった?
 料理ジョーズの鮫だから!
 ゲハハハ…ってこれ、掛け言葉よ? シャレよ?
 面白くね?」

飛段は2回も『料理ジョーズの鮫だから』というセリフを繰り返し
笑いを強要した。

「あぁ…料理ジョーズの鮫、と」

しかしサスケは無感動にその言葉を繰り返し、メモをした。


ホント、馬鹿だな。
どーしようもねぇ…

角都とイタチは黙って頭を抱えた。


「あとは…馬鹿リーダーだろ? それからレディーが一人。
 あと訳のわからない構造の草だろ?
 そんなもんかな?」


……おい、ひとり忘れているだろうが!

イタチは自分の事が言われないので、気色ばんだ。

「あの…8人ですか? へぇ…じゃぁ組織は8人なんですね? 8人? 
ふ〜ん…8人なんだ…へぇ…」

さりげなく…と本人は思っているが、イタチはしつこく飛段に念を押した。

「ん? 8人? あ、いや、忘れてた! 
いや〜 コイツを忘れるなんてオレも角都の認知症がうつったかぁ?
 もうひとり、いたいた」

飛段は頭をかいて自分のド忘れを笑った。

「あはは…そうですね、大切なメンバーを忘れるなんてボケの始まりですわよ」

イタチは優雅に手を口元にもってきて笑いながら、きついセリフを口にした。

「あ〜…でもま、忘れても大したことないから…トビっつって補欠だし〜。
 コイツはオレより先に暁入ったんだけどまだ補欠なんだぜ〜
 いや、馬鹿にしてるんじゃないぜ?
 むしろ気の毒っつぅか…相手がオレじゃなかったら今頃コイツも
 正規メンバーになってたかもだけど、オレが来ちまったらなぁ…
 ま、運が悪かったんだな…ゲハハハハ!」


なにが、“ゲハハハハ!”だ!
トビだと? なんでトビを思い出して、オレを思い出さないんだ!


額にぴきっと怒りの青筋をたてて、イタチはむぅっと黙り込んだ。

「くっくっく…じゃぁぜ〜んぶで補欠を入れて9人なんだ? ふぅ〜ん」

サスケは、静かに怒りのオーラを放出しているイタチを見て
笑いをこらえながら飛段に尋ねた。

「そ、9人。 あれ、でもトビは補欠だしコイツ入れて9人っつぅのは…?
 あれ? あれ?」

なにかがやっぱりおかしいと両手を開いて指を数え始める飛段に
角都は呆れて声をかけた。

「イタチがいるだろう?」

「あ? あ、そだ! イタチがいた!」

数が合って無邪気に喜ぶ飛段をイタチは蹴飛ばしてやろうかと思ったが、
さすがに堪えた。 今は自分は『美麗』なのだ。

「こいつは、6以上の数は認識できないんだ。 許してやってくれ」

パートナーとしての責任感からか角都がイタチにむかって頭をさげた。

「別に…。 私は関係ありませんから」

謝られて返ってプライドを傷つけられイタチはつんとそっぽを向いた。

「くっくっく…で? で、そのイタチって、どんな人?」

サスケが愉快そうに飛段に尋ねた。

「ぁあ? イタチ?
 あ〜…なんか陰気な奴よ。
 何考えてんだか分かんねぇし…。
 みんな、奴のことは強ぇ、強ぇって言うけど、どうだかな〜?
 ま、オレは暁では一番弱いからさぁ〜 どうでもいいんだけどねぇ〜…」


イタチは飛段にとってどうやら興味関心順位は下位なのだろう。
飛段はつまらなそうに答えた。
しかしふと美麗の顔をまじまじと見つめると、首をかしげた。

「あれぇ? でもアレだな…。 
  美麗ちゃん、そー言えばイタチにちょっと似てるかも?
 あ、いや、怒んなよ?
 イタチも中身はクソ真面目なつまんねぇ男だけどよ、外見はまぁ美人系?
 結構、奇麗系なんだよなぁ…
 う〜ん…やっぱ似てるなぁ…似てる…」

「まっ…まぁ! 男の方に似てると言われても嬉しくないわ。
 もうあまり見ないで」

イタチは顔を覗き込んでくる飛段の頬をぐいっと押しやって
顔をそむけさせた。

「あ、あぁ、ごめんごめん! そーだよな、男に似てるなんて
 失礼だよな? 悪ぃ悪ぃ!
 美麗ちゃんほどの美女捕まえて、オレ、何言っちゃってるんだろ?
 ホント、ひでぇ男だな、オレって…」

飛段はしおしおと項垂れてイタチに謝ると、突然両手を組んで天を仰いだ。

「あぁ!ジャシンさま! お許しください!
 この過ちを犯した目と口をどうか取り去ってください!
 そして二度とこのような過ちを犯しませんよう
 お守りください! おぉ!」

いきなりの大げさな懺悔の言葉に、一同、いったい何が起こったのかと
唖然として見ていると、飛段はアイスピックを握り自分の目に突き立てようとした。

「わぁー! そこまでしなくていいからっ! アンタ激しすぎ!」

さすがに驚いてイタチは反射的に、アイスピックを握る飛段の右腕をつかんだ。

「み、美麗ちゃん…! 許してくれるの? アンタ、女神だな…」

飛段はうるうるとイタチを見つめ、これぞチャンスとばかりに
自分の右腕を押えるイタチの手を左手で握りしめると
自分の口元に持ってきて、手の甲に軽くキスした。

「ぎ、ギャー!何するんだ!」

イタチは驚き、素早くその手を抜くとそのままグーで飛段の顔面を
殴った。

「ひぃ〜! いってぇ〜…」

鼻血の出る鼻を押さえて飛段が涙目で痛みを訴えた。

「あ〜ららこらら〜…
  とうとう客を殴っちまった〜 うすらとんかちが〜」

サスケが淡々とした口調ではやし立てた。

「美麗!もう、アンタ、お客様になんてことを!
 謝りなさい」

「………」

「ほら、謝りなさい!」

なんで自分が謝らなきゃならないんだ?
このチャラ男が悪いんだろが!

そう思ったが言い返すのもバカバカしい。
イタチはくっと唇を噛んだ。

「客商売で客に手をあげるなんて…!
 謝らなければ減給よ。
 飛段さん、本当にごめんなさいね。
 ほら、美麗も! 謝って! 早く!」

イタチはハァ…とため息をつくと、頭を下げた。

「……すみません。 まさか超S級の優秀な忍の方に
  私なんかが殴りかかってもあたるとは思わなかったもので…」

せめてもの報いに思いっきり皮肉を込めて謝ったが、
いい加減、もうイライラしてきてどうしようもない。
いっその事、もう正体をバラそうか…とさえ思えてくる。

「ママ、いいよ〜 美麗ちゃんを怒んないでよ〜。
 美麗ちゃんの言う通りだ。 素人の女の子に殴られるなんて
 オレがだらしなかったんだよ。
 どーせ、オレは暁でも一番弱いしぃ、遅いしぃ…
 まぁ自業自得ってぇ奴だ…。
 だけど、今のパンチは効いたぜ。
 女にビンタされたことはあっても、グーで顔面殴られたのはさすがに初めてだな。
 くっくっく…たいした女だぜ。
 美麗ちゃん、オレ、本気でアンタに惚れたぜ!
 ぜーったいオレの女にしてやるっ!」


やっぱりマゾ気があるのか。
飛段は殴られてますます美麗攻略に闘志を燃やした。

「ふ…もう、しつこい人ですね…」

イライラが頂点に達したイタチは、燃え上がる飛段とは対照的に
さめた声でそう言うと、冷たく飛段を見据えた。

「わかりました。 では、賭けをしましょう。
 ここにピスタチオがあります」

「ほとんど空だぜ? 
  美麗ちゃんとおこじょちゃんがパクパク食ってたから〜」

飛段はイタチの指す盆を覗き込んだ。

「いいんです、そんなことは。
 とにかくこのピスタチオを私が掌でつかむから
 その数が偶数か奇数かあててください」

「へぇ…。 で、あたったら?」

「あたったら、私にキスしていいです」

「hyu~  マジ? 
  あ、でもデコとかホッペじゃ嫌だぜ?
 ガキじゃねぇんだから。
 ぐぐっと濃厚なキスだ、 テキーラみたいにな。 
  それでもいいのか?」

「構いませんよ。 どうせ私は負けませんから。
 そしてあなたが負けたら…。
 多分そういう結果になるからよく聞いてください。
 もう私に構わないこと、 ドンぺりを2本注文すること」


「ちょい待ち! なんで美麗ちゃんが勝ったら条件が二つなんだよ?
 ずっこくね?」

「勝つ自信ないんですか?」

「まさか! 絶対、オレが勝つ!」

「なら良いじゃないですか?」

「…ふむ…それもそうだな…」

飛段は納得して頷いた。
飛段は納得したが横で話を聞いていた角都は納得しない。

「おい、待てよ、そのドンぺりの金はどこから出てくるんだ?」

慌てて口をはさんだ。

「ん? 暁のお財布から〜。 あ、でも心配すんなよ、
 オレ、負けねぇから。
 そうだろ? いくらオレが暁のドベでもこんなかよわい女の子ちゃんに
 賭けで負けるわけねぇよ…なぁ?」

飛段は自信満々にウィンクをしてみせた。


そりゃぁ素人の女の子相手だったら飛段が負けるわけないだろうが、
相手は本当はイタチだぞ!
絶対、いいようにイカサマされて飛段が負けるに決まってる。


角都はなんとかこの賭けをやめさせようとしたが、イタチが恐ろしい形相で
こちらを睨みつけているので、開きかけた口を閉じた。
が、やはりドンぺり代をみすみす払うわけにもいかないので
再び口を開いた。

「おい! ドンぺり代は払えないぞ。 もし負けたらお前が自分で払え。
 給料から半年間天引きだ、いいな?」

「かーっ ケチだねぇ〜
 でも、ま、いいぜぇ〜 オレ、負けねぇから。
 なにせ天女とのラブラブイチャイチャメロメロエロエロテキーラキッスが
  懸ってるんだからな。
 美麗ちゃん、酒で酔わせられなかったけれど、オレのキッスで
 メチャクチャ酔わせて天国に堕としてやるから、覚悟しろよ?」

「ふ…どうだか… あなたはこれから先、お給料を天引きされて半年間の極貧生活を
 強いられることを心配した方がよいですよ…」


イタチと飛段は互いに不敵な笑みを交わした。

そしてイタチの右手が銀のお盆の上をさらった―。






(つづく)